デス・オーバチュア
第233話「狂月の赤眼」



「お母様ったら情けなぁい〜」
セレーネの姿が完全に見えなくなって、堕神が一息吐こうとした瞬間だった。
「八雲蛇剣(クサナギ)!」
水でできた八首の大蛇が背後から襲いかかってきたのは……。
「きゃははははははははははっ!」
首の一つ一つが天の雲に届く程に長く巨大な大蛇、その向こう側から狂気を孕んだ高笑が
響いてきた。
「…………」
振り向いた時には、八首の一つが堕神を呑み込もうと大口を広げている。
「死蝕(ししょく)の……」
「あらぁ?」
「エイスヒットォォォッ!」
堕神は、黒い影のような球体に包まれた右拳を大地に叩きつけた。
次の瞬間、水でできた八岐大蛇(ヤマタノオロチ)が最初から存在しなかったかのように綺麗に消滅する。
そして、大地に深々と天叢雲を突きつけているセレナ・セレナーデの姿が暴き出された。
「嘘吐きぃ〜、七回しか殴れないって言ったのに〜」
姿を晒したセレナの第一声は、八発目の拳を放った堕神へのクレームである。
いきなり不意打ちした自分の非など棚上げどころか、最初から気にもしておらず、堕神の『嘘』に対して恨めしげな眼差しで非難していた。
「ああ、すまない、言い忘れていた……『無理』をすれば後三発撃てる……」
堕神は悪びれずにそう答えると、眼前に持ってきた漆黒の右手を強く握り締める。
漆黒の手の形態は今までとは少し変わっていて、龍の頭のようにも見えた。
「ひどぉい〜、なんて嘘吐きなのぉ〜」
「龍頭(りゅうとう)……羅喉(ラゴ)のクリーシス(裁き)……まあ、日蝕や月蝕を起こす第八番目の星(力)だ……」
「ふぅぅ〜ん、太陽と月を喰らうドラゴンヘッドね……じゃあ、次はぁ〜?」
「彗星(すいせい)のナイスヒットォォッ!」
「ひやぁっ!?」
刃の砕け散った天群雲を右手で握ったセレナが吹き飛んでいく。
堕神の叫びが響いた時には、セレナは盾代わりにした天群雲ごと顔面を、青白い閃光の拳で打ち抜かれていた。
あまりの攻撃の速さに、セレナにできたのは、拳と顔面の間に天群雲を割り込ませることだけだったのである。
「ひどぉぉいっ! 女の子の顔をいきなり殴るなんてぇ〜」
セレナは、羽織っていたマントコートを四枚の悪魔の翼に変じさせると、激しく羽ばたかせて空中で停止した。
左手は、殴られた顔面を隠すように覆っている。
「剣が盾になったとはいえ、我が拳を受けてその程度のダメージで済んでしまう化け物を……女の子とは言わない……」
堕神の声は遙か上空からした。
「化け物なんてひどぉい〜」
見え上げると、太陽を背にした堕神が空に浮いている。
「受けよ! 我が右手と引き替えに放つ、正真正銘最後のクリーシス(神の裁き)をっ!」
堕神が天へと突き上げた拳が、今までの七つの輝きを同時に放ち、言葉で表現のしようのない不可思議な光の『太陽』を生み出した。
「……ちょっと待っ……まさかぁ、そんなのひとに向けて撃っ……」
太陽は際限なく輝きの増加と膨張を続けていく。
「終末のラストヒットォォォォッ!」
「嫌アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
不可思議な光の太陽は地上へと堕ち、セレナも、地上の何もかも呑み込んで大爆発した。



「馬鹿な…………」
堕神クライシスことクリーシス・シニフィアンは、信じられないといった表情で空を見上げていた。
彼女の右手は元の普通の形態に戻っている。
最強最後の力を放出し、巨大な太陽として地上に叩きつけた瞬間、彼女の右手は完全に『砕け散って』いた。
砕け散ったといってもあくまで内側の骨や筋肉の話で、外見には損傷はない。
「馬鹿げた拳(力)ね……七発だけという制限を自ら設けることによって、その七発に自らの力……いや、存在を全て込めることができる……まあ、実際は十発だったけどね……」
遙か上空から、クリーシスを見下ろしているのはセレナだった。
だが、いつものわざとらしく間延びした口調ではない。
どこか冷たい印象のする不自然なまでに静かな、落ち着き払った調子だった。
「ああ……本当……全て台無しだわ……」
いや、落ち着いているのではなく、激情を無理矢理抑え込んで冷静に振る舞っている……そんな感じである。
「ディーンに会いに行く前に……たまたま見つけたあなたを……ちょっとだけからかおうと思っただけなのに……あんな凄いの撃つんだもの……」
「…………」
クリーシスは何もできず、まるで蛇に睨まれた蛙のように固まっている。
右手が使えないからではない、例え、七発全弾残っていようが、同じことだ。
「とても……い……痛かったわああああああああっ!」
「くっ……」
セレナが叫んだ瞬間、世界が震撼する。
クリーシスは発生した爆発的な風で吹き飛ばされそうになるのを、必死に堪えた。
「生まれて初めて……死ぬかと思った……助かるためにはこの姿になるしかなかった……本当、台無しよおおっ!」
「ぐぅ……」
セレナの姿は、終末のラストヒットが放たれる前と一変している。
今まで彼女が纏ったどの衣装とも違う、黒と紫で構成された高貴な印象のする露出の激しいコスチュームだった。
深く暗い紫のオーバーニーソックスとショーツとブラジャーと二の腕(肘の肩の間)までの長手袋。
ブラジャー……胸の部分の紫衣は正確には胸の下にあり、乳首こそ隠しているが、胸を持ち上げるというか、浮き彫りにさせるための物のようだった。
その上に、闇色のブーツとミニスカートを履き、ケープとマントを羽織り、首には首輪を填めている。
ミニスカートには正面に布が無く、ショーツを隠すというスカートとしての役目を殆ど果たしていなかった。
紫の下着の上の闇色の装備(ブーツ、ミニスカート、ケープ、マント、チョーカー)は全て金縁や金刺繍がなされて豪奢な印象を与える。
「……まったく、こんな誰もいない所で本当の姿を見せても面白くも何ともない……」
彼女の最大の特徴であった黒いうさ耳は消えていて、頭の左上と右上にとても大きな円盤のようなシニヨンができていた。
ケープを結ぶリボンと、二つのシニヨンから垂れるリボンは下着と同じ暗い紫色をしている。
「まあ、せっかくだから良く目に焼き付けておけば? これが私の『正装』……『魔皇』セレナ・セレナーデの姿よ」
「……ま……マオウ……魔王……魔皇……」
魔皇……そうだ、この圧倒的な威圧感、存在感はその言葉こそが相応しかった。
例え、自分以外の十三騎全員を同時に相手にしようと、ここまでの『恐怖』は感じなかっただろう。
かって唯一膝をおった存在である『女皇』ですら、ここまでの『強さ』は感じなかった。
生まれて初めて感じる『畏怖』……まるで人が神に対して抱くような存在(次元)の違いを……神である自分が今感じている。
「……ふ……ふ……」
「あら、どうしたの? 恐怖のあまり気が触れたぁ〜?」
セレナは少しずついつもの口調に戻りつつあった。
冷静さ……他人を嘲笑い、からかうことを楽しむ余裕が戻ってきたのだろう。
「まあ、なっちゃったものはしょうがないし〜、責任とって相手してよねぇ〜」
「……ふ……ふざけるなあああっ!」
クリーシスは、体を戒める恐怖と畏怖の威圧感に逆らい、セレナ目指して跳躍した。
彼女の右手が漆黒に変質していく。
「我は堕神クライシス! 我が膝をつくのはこの世で女皇唯一人だけだっ!」
「そうそう、そんな感じで無駄な抵抗してねぇ〜」
「オオオオオオオオオオオッ!」
「身動きできない相手と戦ってもつまらないものぉ〜」
「終末のラストヒットォォォォッ!」
クリーシスは砕けた右手で再び、不可思議な太陽の煌めきを放った。
「うふふふっ」
セレナが右手の人差し指を立てると、指先に小さな赤い光球が生まれる。
「ウオオオオオオオオオオッ!」
「頑張れ頑張れぇ〜♪」
指先から放たれた小さな赤い光球が異常な速度で膨張し、クリーシスが放つ太陽より巨大な赤い『月』と化した。
「アアアアアアアアアアアアアッ!」
クリーシスは構わず太陽(拳)を赤月の中心に叩きつける。
赤月と太陽が激突し、閃光と爆発が大空を埋め尽くした。



「凄い凄いぃ〜、壊れた腕で真月狂宴(しんげつきょうえん)を打ち砕くなんて、大したものだわぁ〜」
真月狂宴……『普段』のセレナの最大技であった赤月は、魔皇の姿をとった今のセレナにとっては最低威力の闘気弾一発に過ぎない。
「失敗したぁ〜、この姿をとるんだったら、全快のあなたとやるんだった……いつもの癖で相手が弱り切るのを待ったのが災いしたわねぇ〜」
クリーシスが全快で全開状態だったらもう少し『遊べた』だろうに……そのことがセレナには残念でならなかった。
いつもなら、最大限に楽をして、確実に勝つ方法を選ぶ彼女だが、この姿の時だけは別である。
最大限に自分を不利に……相手を有利にして、少しでも戦闘に危機感と手応えを持たせたかった。
なぜなら、今の自分は強すぎるから……。
「お父様、伯父様、お兄様……この姿の私と対等に戦えるのはこの三人だけ……だって、私は魔皇の資格を持つものだからぁ〜」
セレナは赤い瞳を爛々と輝かせて、地上を見下ろした。
白と黒の美しいコスチュームをボロボロにしたクリーシスが、意識を失って仰向けに倒れているのが見える。
「残念、あなたすら視てくれないのね……せっかく、あなただけに私の本当の『翼』を見せてあげようと思ったのに……」
セレナが突然、己の体を強く抱き締めると、彼女の背中から、昏冥(こんめい)より昏く、深淵(えんげん)より深く、黒曜より黒く輝く暗黒の翼が生まれた。
左右に三枚ずつ、計六枚の暗黒でできた天使の翼。
「お父様譲りの暗黒翼(あんこくよく)……さらに……」
背中から青い鱗粉が放射され、暗黒の六枚翼の前に、青い月光を物質化したような蝶の羽が生えていた。
「お母様譲りの月光翼(げっこうよく)……もっとも、道具に頼らなければ完全な翼を形成できないお母様とは……力の純度が桁違いだけどね……」
暗黒翼も月光翼も、エーテルウィングとかエナジーウィングとか呼ばれる、力の具現、力を象徴するものである。
翼の輝き、美しさ、壮大さが、彼女の『力』の強さを現していた。
「チマチマといろんな力を萃(あつ)めて統(す)べてみたけど……結局、生まれ持った暗黒の力の前には塵に等しい……」
セレネは両手を眼前に持ってきて掌を見つめる。
彼女が隠していた暗黒の力こそが、あらゆる力を無限に取り入れ、自由自在に使い分けることを可能にする最強にして最凶の『器』なのだ。
「魔界の四元素(魔の四大精霊)を操ることに比べれば……どんな力の制御も遊戯の如く容易い……」
アンブレラが多大な犠牲を払いながら、いまだに完全に掌握できない暗黒炎、セルが開眼時のみ操れる暗黒風、胎内に『蛟(みずち)』宿したウィゼライトが躰の疼きのままに行使する暗黒水。
さらに、暗黒土をプラスした四つの力を、セレナは何のリスクもなく、誰よりも自由自在に扱えた。
なぜなら……。
「……『魔眼』の持ち主にしか、四つの暗黒は統べることができないのよ、アンブレラ……」
セレナの両手(両の手袋)の甲に、赤い瞳が『開眼』した。
次の瞬間、セレナの両手が暗黒の炎に包まれる。
「そして……『魔眼』を持つ私とお兄様だけが……次代の『魔皇』の資格を有するのよ!」
セレナが両手を突きだすと、暗黒炎でできた無数の黒蝶が、地上のクリーシスに降り注ぐように解き放たれた。









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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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